2013年3月25日月曜日

中国高速鉄道はただの「遅い飛行機」:なぜかくも不便なのか




●(『全国鉄路旅客列車時刻表』中国鉄道出版社、2012年7月号より)


JB Press 2013.03.25(月)  by 何 ろく
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37346

中国の高速鉄道はなぜ不便なのか
役人のオモチャにされたらこうなった

 中国駐在員の方や中国に出張に行かれた方で、中国の高速鉄道を利用された方は多いと思う。
 同時に、
 「切符を買うのにも駅に入るのにも一苦労で、スムーズに乗れない」
 「ダイヤが分かりにくい」
などの経験をされ、中国の高速鉄道があまり便利ではないと思われた方が多いのではないだろうか。
 日中両国の鉄道を趣味とする筆者の見聞から、
 「なぜ中国の高速鉄道は不便なのか」を考えてみたい。

■自由席がなく、停車駅はランダム

 まず、中国の高速鉄道は一部の短距離路線を除いてすべて列車・座席指定である。
 自由席はない。最初から乗車時刻を決められる場合ならよいが、時間が不安定なビジネス利用にとっては不便である。

 こうした声に応えてか、当日中なら指定列車より後の列車にも立ち席扱いで乗れるようにはなったが、早く駅に着いてしまったときには、やはり指定列車の時刻まで待たなくてはならない。
 また、希望列車が満席の場合、短距離便を除いては立ち席券は売らないので、「立ち席でもいいからどうしても乗りたい」という時はお手上げになることもある。

 なお、北京~天津、広東~深センの2区間では、プリペイドカードによる直接乗車方式を導入しており、プリペイドカード利用者向けの座席に指定無しで着座することができるようになっているが、現在のところ、他の区間には広がっていない。
北京~上海間を結ぶ中国国鉄・京滬高速線の時刻表の一部。停車駅がランダムに設定されている。

 ダイヤの組成も不合理である。
 途中停車駅は少なく、かつ、すべてランダムに設定されている(これを「千鳥停車」という)。
 分かりにくいし、途中駅どうしの移動は困難極まる。

 日本の新幹線のような緩急結合ダイヤ(例えば、東海道山陽新幹線における、各駅停車の「こだま」と速達列車の「ひかり」「のぞみ」が役割分担をしつつ主要駅で接続するダイヤ)の導入が待たれる。

 中国高速鉄道各路線は、「区間便」の存在が極めてまれだ。
 基本的に、起点と終点を結んで全線走破する列車しか設定されていない。
 そのため、両端の駅では終列車が早い時間帯に終了してしまうこともある。
 これでは、近隣都市との都市間輸送を担うことはおよそできない。

 例えば、河南省の鄭州と陝西省の西安とを結ぶ徐蘭高速線鄭西段では、西安発の上り列車は19時50分鄭州行き、鄭州発の下り列車は20時40分西安行きがそれぞれ最終列車である。
 これらに見られるように、中国高速鉄道は、途中駅を軽視し、各路線の起点と終点とを結ぶことばかり重視しているきらいがある。

■乗り換えができない中国高速鉄道

 面的な移動ができないことも問題である。
 ダイヤの面で言えば、高速鉄道の各線どうしの接続はまったくと言っていいほど考慮されていない。
 いわんや高速鉄道と在来線の接続は述べるまでもない。
 それに、そもそも中国の高速鉄道路線は、早期完成を優先させた結果か、在来線駅とは別に市街地から遠く離れた場所に建設された駅が多い。
 高速鉄道の駅と在来線の駅との間がバスで1時間かかるということもざらなのだ。

乗車規則の面でもそうだ。
 中国国鉄の「鉄路旅客運輸規程」は、高速鉄道の乗車券類は、最長でその列車の終点までしか発売しないと定めている(第15条第2項)。
 乗り換えをする場合は、別途乗車券類を用意しなくてはならないのだ。
 当然、通しで乗車券類を購入するより割高になる。

 それに「規程」には、列車が遅れた場合の対応がまったく定められていない。
 列車が遅れて、次の列車に接続しなかった場合、あらかじめ用意した次の列車の乗車券類はすべてパーになってしまうのだ(中国の鉄道切符は乗車券と特急券、寝台券が紐付きなので、文字通り全損である)。
 
 もちろん、日本でも報道される中国の「春運」(正月帰省客輸送)の混雑を見れば分かるように、中国では切符がその場で手に入るとは限らず、あらかじめ用意するのが鉄則である。
 このような状態では乗り換えは大きな冒険だと言わざるを得ない。

 中国で、列車の乗り換えがあまり想定されていないのには理由がある。
 1990年代以前、中国国鉄は単線区間ばかりで、貨物輸送を優先せざるを得なかったため、大幹線であっても、1日の旅客列車の本数は10往復足らずにすぎなかった。
 また、列車の遅延も常態化していた。
 そうした中で、少ない列車どうしをダイヤ上で接続させるのは非現実的であり、結果的に、現在に至るまで、各目的地どうしを直接結ぶ列車が入り乱れる運行形態が発達してきた。
 定時性が高く本数も増やせる高速鉄道では、そうした運行形態を改め、乗り換えを前提とした効率的なネットワークが整備されるものと思われたが、結局、高速鉄道の運行思想は在来線とほとんど変わらず、結果、多様な移動ニーズに応えるために、運行系統ばかりが増えていく状況にある。

 しかし、これでは、必要以上の本数を各路線に設定することになるし、各系統で見れば本数は少数にとどまる。
 例えば、山東省青島~上海は、山東省内の青島~済南を結ぶ路線(膠済客専線)と北京~済南~上海をむすぶ路線(京滬高速線)とを経由して、発展著しい港湾都市と中国の商業センターとを結ぶ重要な区間である。
 しかし、この区間を直接結ぶ高速列車は1日4往復しかない。
 効率が悪いのだ。
 済南で乗り継ぐことを前提にすれば数十往復はすぐに確保できる。

 高速鉄道どうし・高速鉄道と在来線の接続が考慮されていない結果、2013年の「春運」では、象徴的な光景が見られた。
 在来線の夜行列車は連日超満員になっているのに、そのとき、高速鉄道はガラガラで急遽本数を間引きしたほどだったのだ。

 高速鉄道で行けるところまで行き、そこから目的地へは在来線で移動する、あるいは、高速鉄道どうしを乗り継いで目的地へ移動するというモデルが出来上がっていないのである。
 そのため、客が在来線長距離列車に集中し、高速鉄道の輸送力が有効に活用されなかったのだ。
 本来ならば、中長距離の高速輸送は高速鉄道に移行し、在来線は、安価な長距離列車を一定数残した上で、余剰の輸送力を短距離輸送や貨物輸送の拡充にあてることが期待されたのだが、現状は、在来線の輸送量の逼迫状況をほとんど緩和できていない。

 また、日本では、特急・急行列車が2時間以上遅れれば特急・急行券は払い戻しの対象になるが、中国にはそれもない。
 車両故障等による立ち往生のたびにこれは問題になる。
 列車遅延時の切符払い戻しを含めた取り扱いについては、中国のネット上で活発に議論されているところである。

 いざ、列車に乗るときも大変だ。
 駅に入るには、荷物チェックがあり、最初から長蛇の列である。

 たいてい線路・ホーム上にまたがるように立てられている駅舎(いわゆる橋上駅舎)の大部分は、体育館よりも大きな待合室が占めている。
 そして、改札口は、空港そっくりに、ホーム別に各2~4つ程度しか用意されていない。
 航空便とは違い、高速鉄道の列車には一度に1000人以上が乗車することもあるのにもかかわらず、だ。

 改札口は全て自動改札機にしたものの、非磁気券も混在しており、そうした客の対応のために結局は駅係員を置かなくてはならない。 
中国高速鉄道の駅では、改札を待つ長蛇の列をいつでも見ることができる。

 また、改札は「安全のために」として5分前に打ち切られてしまう。
 10分前に駅に着くようでは指定の列車に乗車できないのが中国高速鉄道なのだ。
 いつまで過去の長大編成列車時代を引きずっているのだろうか。

■中国高速鉄道はただの「遅い飛行機」

 筆者は、これらの中国高速鉄道の「不便さ」の背景には、中国の鉄道当局が、鉄道の利点・特性を正確に認識していないことが横たわっていると考えている。
 鉄道の利点とは、大量高速輸送にあるはずだ。
 しかし、中国鉄道部は、それをよく理解せず、レールの上を走る飛行機を目指しているように見える。

 中国高速鉄道が全て列車・座席指定であることは述べた。
 これは、中国の在来線でも、立ち席券があるという違いはあるが、基本的に同じである。
 中国の在来線列車は、そもそも乗車列車を指定しなければ乗車券すら買えない仕組みになっている。
 これは、つい最近まで、中国国鉄に輸送力の余裕がなく、特定列車に乗客が集中して積み残すようなことを避けるために、鉄道側で乗客を各列車の定員に合わせてあらかじめ振り分けておく必要があったからだ。

 輸送力に余裕が出てきて、平均乗車率が下がれば、航空のような厳しい定員管理の必要性は次第に低下していき、乗客の移動の自由度は上がっていくはずだ。
 高速鉄道が、本領を発揮するためには、普段から空席が一定数ある程度の輸送力を確保しなければならない。
 緩い定員管理による高度の自由な移動は、低コストの大量輸送が自慢の高速鉄道だからできる芸当だ。
 立ち席客を乗せられず、満席に近くなければ採算が取れない航空便にはできない。

 しかし、中国の高速鉄道には、本数を増やして乗車率を下げる方向に発展することを妨げる要因がある。
 それは、中国高速鉄道の高コスト体質だ。

 ハードの面では、中国高速鉄道の巨大な駅施設は間違いなく大きなコスト上昇要因になっている。
 線路の条件は日本とあまり変わりがないが、中国高速鉄道の駅は、概して、空港を思わせるほど巨大なものである。

 高速鉄道2路線が乗り入れる北京南駅は10面19線のホームと着発線を持っている(在来線ホームは除く)。
 東京駅が、6系統の新幹線の発着を5面10線で行っていることを中国の鉄道当局者が聞いたら驚くであろう。
 途中駅も、ドーム屋根におおわれているなど、豪華絢爛の極みである。
 日本の新幹線の途中駅が、多く、2面のホームと簡素なスレート屋根で構成されているのとは対照的だ。
 中国高速鉄道の各駅は、空港に似て、巨大な待合室を擁しているが、これも、乗客がついた端から次の列車に自由に乗れるようになれば、待合室は小さくて済むようになる。

 列車運行のソフト面では、人件費が大きなコストアップ要因になっていることが推察される。
 日本の新幹線は基本的に運転士1名と車掌2~3名で乗務しているが、それに対し、中国高速鉄道は、16両編成(8両重連)の場合、運転士1名、列車長(運転扱い)2名、アテンダント(旅客専務)2~4名、ビュッフェ係員6名、技術員2名、鉄道警察官2名という大所帯で乗務している。
 こうした高コスト体質では、各列車みな満員でなければ採算がおよそ取れないだろう。
 そのために、列車本数をなるべく絞り、各列車に乗客を均して詰め込まなければならないものの、その融通の利かないシステムのために乗客は高速鉄道に魅力を見いだせないというジレンマに陥っている。

 各路線の起点と終点の間の輸送ばかり重視する戦略も疑問だ。
 1000キロを超える長距離は、航空が有利だろう。
 むしろ、高速鉄道が重視すべきなのは、中距離都市間輸送であるはずだ。
 中国高速鉄道は、前述の通り、千鳥停車を取っているので、途中駅から北京・上海などの大都市に行くのはかろうじてできても、途中駅間の移動は不便極まりない。
 途中駅の組み合わせによっては、1日に数本しか列車がない区間もある。
 航空便は点と点の輸送しかできないのに対して、輸送力に余裕がある鉄道は1本の列車で線的な輸送ができるのが強みであるはずなのに、それがうまく生かされていない。
 加減速能力に優れた動力分散方式の技術を外国から導入した意味はどこへ行ってしまったのか。

 中国高速鉄道の駅の発車時刻案内標が路線別になっておらず、全路線をひとまとめに時刻順に並べるものになっているのも、航空型の点と点とを結ぶ輸送を強く意識した結果であろう。
 ちなみに、中国国鉄は、2010年12月に「鉄路旅客運輸規程」の改定を行い、営業キロにかかわらず乗車券類を途中下車前途無効とした。

 上述した駅入り口の厳しいセキュリティチェックも、乗車手続を煩雑なものにし、大量輸送機関の優位性を損なっている。
 リスク評価に問題があるように思う。
 政治テロの対策なのであれば話は別だが。

■役人のオモチャにされてしまった高速鉄道

 結局、中国高速鉄道は、真に移動の利便性を高めるためではなく、利権と国威発揚のために、鉄道部の役人のオモチャとして整備されたところに根本的難点があるだろう。
 天津駅で発車待機中の高速列車。車両は、ドイツからの技術供与を受けた「CRH3」。
 中国高速鉄道の車両は、日・独・伊から技術を導入したものであるが、型式間で緊急制動弁の形式や位置すら統一されておらず、鉄道当局が真の意味で技術を吸収したとは言い難い。

 空港と見紛う巨大な駅舎も、2つしかない改札口も、不相応な数のアテンダントも、北京・上海などの大都市間の点と点の輸送とその時間短縮にしか興味がないのも、いずれも、鉄道の大量輸送特性を理解せず、航空便の真似をして背伸びをしているだけのように見える。

 40名の死者を出す事故を起こしておきながら、試験運行における世界一の速度(「CRH380BL」による時速487.3キロ、2011年1月9日)を自慢しているのに至っては、悪い冗談でしかない。
 また、開業前まではずっと「CRH」(China Railway High-speed)というブランドで設計・宣伝されてきたのに、開業直前に、胡錦濤のスローガンを用いた「和諧号」というブランドに取り替えられ、CRHの意味が苦し紛れに“China Railway Harmony”に変更されたことを見ても、中国高速鉄道が政治に深く従属した乗り物であることを物語っている。

 しかし、航空便の表面的な真似をして、スピード競争に興じるだけでは、高速鉄道はどれだけ頑張っても「遅い飛行機」の域を脱しない。
 高速鉄道というものは、高速輸送を大衆的に提供できてこそ意味があるはずだ。
 ただ速いだけなら飛行機で十分なのだ

 上述した輸送力不足と高コスト体質の問題は、高速鉄道登場前からずっと続いてきた中国国鉄在来線の問題でもある。
 高速鉄道の開業は、その構造的問題を解決する一大契機になったはずだが、結局、鉄道当局はその機会を自ら失ってしまった。
 現在の運営を続ける限りは、高速鉄道・在来線とも、
 上は速い航空に、下は便利な高速バスに乗客を奪われ、
 苦しい経営を迫られるだろう。

■デメリットの方が大きい国鉄の分割民営化

 現在の中国高速鉄道が、役人の実績づくりのオモチャにされていることを物語るエピソードはまだある。

 中国国鉄は、遊休路線となっていた四川省成都市と上海市の貨物線(それぞれ、成灌線=67キロ、金山線=56キロ)を、都市近郊鉄道として再生させたのだが、そこに高速鉄道の車両(それぞれ「CRH1A」「CRH2A」)が投入されたのだ。
 これは日本で言えば、高崎線や福知山線に新幹線の車両が通勤電車として走っているようなおかしな話だ。

 隣国日本を見れば、高速鉄道はもちろん、都市鉄道・近郊鉄道の世界最高の成功例があるのに、それを学習しようともせず、車両技術だけ導入してあとは自己流に運営する鉄道当局の姿勢には首をかしげるばかりだ。

 今回の全人代で、鉄道部の解体再編が決まった。
 将来的には、国鉄の分割民営化も視野に入れているという。
 しかし、私には、不安が残る。

 現在の中国国鉄は、すでに、各鉄路局ごとの利益至上主義の色彩が非常に強く表れている。
 各鉄路局は、鉄道の本業そっちのけで、駅舎のテナント貸しや旅館業、押し売り然とした車内販売に熱心だ。
 中国は列車別改札なのだが、10元支払えば早く改札を通してくれる駅公式の「サービス」も盛んである。
 儲けにならない普通列車は切り捨ての対象になり、旅客列車が走らなくなったローカル線も数多い。
 ダイヤ改正の際は、毎回のように、普快(快速)列車の一部が、停車駅はほとんど変わらないのに、快速(急行)に格上げされる。
 より多くの急行料金を取るためだ。

 全国統一サービスも、表面上は保たれているが、深層では鉄路局ごとの分断が進んでいる。
 普通列車が鉄路局境界の手前までしか運転されなくなったり、自局の収入にならない切符は巧妙に販売を避けたりするようになっている。
 国家直営の鉄道においてさえ、中国を覆う拝金主義が市場競争を極度に近視眼的なものにしている姿の一端が表れている。

 労働問題も発生している。
 日本の国鉄の「人材活用センター」ばりに、鉄道職員を駅中の喫茶店員や旅館紹介員として飼い殺しにしているのはよく見られる。
 鉄路局側が列車員(車掌補)に清掃作業員への配置転換を一方的に決めたのに対して、職員側がブログを立ち上げて当局の違法行為と御用組合を告発するという出来事も起きている。

 こうした状況下で分割民営化されれば、市場化のメリットよりも、デメリットの方が深刻に現出すると心配している。
 「日本の国鉄分割民営化を参考にしている」とも伝えられているが、隣国日本の新幹線の輸送思想・旅客営業システムすら吸収できない人たちが、分割民営化の功罪を正しく認識できるかどうかは甚だ怪しい。

 10年後、中国で鉄道の旅を楽しめるかどうかすら、筆者には分からない。




【国家の品格=ゼロ】


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